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まっつんCOLUMN BLOG〜独断と偏見〜
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あれきさんだーおりょう
1987年、3月のブラジル・リオデジャネイロは暑かった。
シーズン開幕戦は日本にとって歴史的な1日を刻もうとしていた。
ジャカレパグアサーキットで黄色いレーシングスーツに身を包む34歳の日本人、
サトル・ナカジマ。
彼以前にも星野一義、長谷見昌弘らがスポット参戦した例はあるが、フルタイム
F−1ドライバーとしては初めてであった。
下位カテゴリーのF−2をはじめ国内では敵なしの存在であったその彼が、ホンダの
支援を得て名門ロータスからデビュー。
ここから彼を筆頭に、これまで7人の日本人レギュラードライバーが誕生した。

20年が過ぎた。
2007年、10月のブラジル・サンパウロで“NAKAJIMA”と赤く書かれた
ヘルメットを被りドライブする22歳の青年が、名門ウイリアムズからデビューする。
カズキ・ナカジマ。

中嶋悟の長男が、父と同じ道を歩み、ついに父と同じ場所に立つ。
今季、GP2を戦いつつも、ウイリアムズのサードドライバーとして何度か
グランプリ初日のフリー走行を任された。セッティング能力やコミュニケーション
能力(語学力)の高さが発揮され、レギュラーに昇格するのは時間の問題だった。
そこに突如話が舞い込んだのである。今年、サードドライバーから
レギュラーに昇格したオーストリア人のブルツが前戦の中国GPをもって
引退を表明した。そこでウイリアムズは中嶋一貴に白羽の矢を立てたのであった。

サーキットは変われど、父と同じブラジルでデビューとなる。
父がデビュー当時チームメイトだったアイルトン・セナが眠るサンパウロで、
息子はどんな走りを我々に見せてくれるのだろうか。

また、引退したブルツには拍手を送りたい。
1997年、同郷の先輩で現在はトロロッソのオーナーであるベルガーが、
ベネトン時代に病気欠場した際に代役としてF−1デビュー。表彰台にも上った。
長くマクラーレンやウイリアムズでテストドライバーとして裏方に回っていたが、
2007年、レギュラードライバーに復帰。カナダGPで3位表彰台を獲得した。
その時の彼の薬指と小指を曲げるあの独特のサインが忘れられない。
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