そろそろ更新せねば SECOND SEASON

まっつん COLUMN BLOG〜惰性と本音〜
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とくダネ!
1950年に始まったF−1世界選手権シリーズには、現在アメリカを中心とする
レース・インディーカーも混合していた時代があった。
特に「インディ500」という伝説のレースは、インディアナポリスのオーバル
コースを500マイル走る、モナコGP・ルマン24時間耐久レースと並んで
最も難しい戦いである。
そのインディアナポリスのオーバル部分を一部使用したコースが第7戦アメリカ
GPの舞台である。
記憶に新しい2004年、当時BARホンダに所属していた佐藤琢磨が、
日本人として14年ぶりに3位表彰台を獲得。
翌2005年にはミシュランタイヤユーザーの決勝ボイコットにより、フェラーリを
はじめとする3チーム6台のみのレースが展開され、“史上最低のレース”とも
言われた。

今回はフリー走行3回ともにアロンソがトップ。この地を得意とするフェラーリは
今ひとつ伸びない。BMW勢が逆に彼らを食ってかかりそうだ。
予選Q3でポールを決めたのはハミルトンだった。2戦連続PP。
アロンソはカナダGPに続き最終アタックで僅かなミスを犯し、2番手となった。
フェラーリはマッサ3番手、ライコネン4番手。
クビサの代役として初の予選セッションに臨んだ新鋭ベッテルは7位と大健闘。
佐藤琢磨は18番手からのスタートとなった。

決勝はハミルトンとアロンソ、ほぼ並んで1コーナーに進入。イン側のハミルトンが
これを制した。マッサ3位、ハイドフェルド4位。
モナコGP同様、ここからはマクラーレンの2台による優勝争いとなった。

1回目のピットストップ後、それまで若干のリードを保っていたハミルトンに
アロンソが追いついた。このコースの特徴である最終コーナー・高速バンクで
アロンソはハミルトンのスリップストリームに入り、1コーナーでアウトから
仕掛けた。が、ハミルトンは全く動じず。トップを守りきるのであった。

スーパーアグリの佐藤琢磨には、レース中盤に1コーナーでイエローフラッグが
出ているにもかかわらず追い越しをしたとして10秒ストップのペナルティが
科せられた。しかし、この後単独スピンで姿を消してしまい、結局次戦フランス
GPで10グリッド降格との裁定が下った。デビッドソンは11位で完走している。

何度か前に出るチャンスがあったものの、結局2位を守ったアロンソ。
しかし本来ナンバー2であるはずのハミルトンに屈するのは悔しかっただろう。
優勝はハミルトン。2連勝となり、ドライバーズポイントを58に伸ばした。
3位にはなんとかマッサが入った。
8位1ポイントをベッテルがデビュー戦で獲得している。

チーム内同門対決は過去にもあった。1986〜1987年のピケVSマンセル。
1988年〜1989年のプロストVSセナ。1996年のヒルVSビルヌーブ。
中でもプロストとセナの対決は、名勝負として今もファンの間では語り草と
なっている。彼らの間にはいつしか確執が生まれ、同じチームでありながら
お互いをけん制しあう最大のライバルとなったのであった。
今シーズンは新人ハミルトンが予想をはるかに上回る走りっぷり。チャンピオン
獲得が既定路線だと思われていたアロンソは彼にリードされている。
アロンソはチームに不満をぶちまけている。しかしマクラーレンというチームは
昔からレースで決着をつけさせるという方針。ハミルトンを実力で上回らなければ、
アロンソの2007年チャンピオンは、ない。
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